家紋 解説
十本骨開扇紋
扇紋は平安時代に流鏑馬や弓道の的として使用されたことに由来するとも考えられるが、甲斐源氏の浅利氏が古くから扇紋を使用していることは確かである。扇はその形状があさり貝に相似している考え方もあるが定かではない。同じ扇紋では常陸佐竹氏よりも歴史は古い。佐竹氏とは姻戚関係であり、秋田で同地を支配する因果は不思議である。ただ甲斐浅利氏と比内浅利氏との血縁系図は現在のところ実在しないが、支配の実態から連綿性は高いと思われる。
雁金紋
比内郡浅利氏が崩壊し、常陸から佐竹氏が移封して来ると、支配下となる浅利一門は扇紋の使用を憚り、やや扇紋に形態が似ている雁金紋に慶長7年以降変更することになるが、その証拠には佐竹藩以外の地に居住する浅利氏末裔は雁金紋を使用しては居ない。ただ事情により他の家紋や扇付加紋がみうけられるが、この雁がね紋だけについては裏、替紋の確証はまったく無い。雁は水辺に降り立つとき姿勢を崩し、急降下する、これの行動を『落雁』というが、浅利家の瓦解を哀れに偲ばせる。
家紋については会報no.9/会報no.10を参照